真夜中の占い館で散歩
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悪魔は涙と取引する①

赤い硬貨の行方logo210×297-2

 Ⅰ

 冷たい月の明かりが好きだ。

 僅か光だが、闇の中を照らすには十分。
 それに余計な物は照らし出さない。美しいものも醜い物も。
 それが気に入っている理由のひとつでもある。
 この街が闇に包まれたのはいつからなのか誰も知らない。夜は延々と続き、朝陽が昇ることは決してなかった。
 やがて街には闇を好む生き物たちが集まった。悪魔、吸血鬼、魔獣たち
 そして人。
 この闇の街には様々な悪が集まっている。




 その日、俺は痛む頭を押さえながら目を覚ました。
 昨夜、かわいい魔女たちとはしゃぎ過ぎたようだ。おかげでひどい二日酔い。
 俺は、おぼつかない足取りで鏡の前に立つ。
「ひどいな」
 寝起きなのに既に疲れ切った顔を見て俺は思わずつぶやいた。
 窓から見た外は暗かった。いやいや、決して俺は一日寝過したわけじゃあない。
 この街には昼がない。朝も決して来ることはない。空には暗い闇と星。そして月だけが浮いていた。
 一体、どうやって、時間を知るんだって?
 時計があるだろ。それに星と月の動きで時間を決めているから問題ない。
 外に出た俺は月を見上げ、だいたいの時間を把握した後、歩きだした。
 今は午後1時ってところだな……少し遅い昼飯にはちょうどいいだろう。
 常に夜だなんて不思議な所だろ? だが、俺は夜が好きだ。だから、こんな街も悪くないと思える。
 しばらく歩くと通りが賑やかになってきた。
 俺は店が並ぶ中で一件の店に入った。
 店中は、さらに賑やかだ。悪魔やら種類の知れない魔物、獣人やらがウロウロしてやがる。
 ここは、普通の人間は迂闊に入れない場所だ。もし間違って入ってきたら、いいカモにしかならないだろう。
 え? そんな場所に入った俺は大丈夫かって?
 心配ないさ。俺は悪魔だ。

「やあ、冴えない顔だな」
 バーテンダーのドイルが俺の顔を見るなりそう言った。
「昨日、魔女の店で騒ぎ過ぎた」
「よそで遊ぶ金があるなら、ウチのツケも払ってくれよ」
「あっちもツケさ」
 俺はそう言って肩をすくめた。
「やれやれ……ああ、お前さんに客だぜ」
 呆れ顔のドイルがそう言って店内を指差した。俺はその指差す方を見るとテーブル席に座る若い女がいた。
 人間だった。
「誰だよ?」
「知らないね。見ない顔だし。それにここに来るタイプじゃないだろ」
「ああ、あれは"人間"だ」
「あんたに会いたいってよ」
 俺は、出された飲み物を一杯飲み干すと人間の女の座るテーブルに向かった。彼女は落ち着かない様子で周囲を見渡していたが、すぐに近づく俺に気づいた。
「あんたかい? 俺に頼みごとがあるってのは」
 俺は相手の返事も聞かずに前の席に座った。
「違うのかい? だったら俺はカウンターに戻って飲み直すが」
 俺が席を立とうとしたその時だ。
「ま、まって」
 彼女は口を開いた。
「人を探してくれるって聞いたから……その……」
 そう言う彼女は言葉もたどたどしく、俺の方もちゃんと見ない。
 どうやら、彼女は悪魔の姿には慣れていないらしいが、そいつは、お互い様だ。俺も人間には慣れていない。
「あんた、名前は?」
「ムーン……ムーンよ」

 MOON

 いい名だ。そいつは俺の好きな単語のひとつだった。
「パパを見つけてほしいの」
「消えちまう事に心当たりはあるのか?」
「いいえ」
 そう言って首を横に振ったムーンはとても悲しそうに見えた。
 この辺りには、魔物や悪魔の巣窟で、人間もたまに出入りする事はあるが、そういった奴らは、たいがい、雰囲気から地獄に落ちても違和感ない連中だったが目の前の娘は地獄とは縁遠い。
「わかったよ」
 俺のその言葉にムーンの表情が明るくなった。
「やるだけ、やってみる。だがひとつやってもらう事がある」
「何?」
「報酬だ」
 それならと、ムーンは袋をひとつ取り出してテーブルの上に置いた。俺はその中を覗き込んだ。
 中に入っていたのは、この辺りに流通しているフェンニル硬貨だ。こいつは魔界でも通用する。
「これは?」
「パパが残していったの。これを足しに……」
 申し分ない金額だが、今回は別のものを頂く事にした。それは悪魔の本分だった。
「その金はいらない。代わりに、こいつでいい」
 俺はそう言うと内ポケットから書類を一枚取り出すとムーンに差し出す。
 ムーンはきょとんとした顔で差し出された書類を見た。
「俺は悪魔だぜ? 金じゃなく別のもので支払いをしてもらいたいんだよ」
 ムーンは書類を受取ると書かれた文面を読もうとしたがそいつは無理だ。悪魔の文字は人間には読めない。
「お前の魂をもらいたい。そいつが条件だ」
「魂? 私の?」
 ムーンは再び、きょとんとした顔で俺を見た。
「そうだ。あんたの魂をもらう。そいつはその契約書だよ」
 少し、考える様子のムーン。
 そりゃそうだ。誰だって自分の魂を引き渡すなんてとんでもない事だ。これで、この娘もあきらめ……
「いいよ」
 ムーンの返事に俺は耳を疑った。
「契約をするわ」
「おいおい、ちょっと待てよ、お嬢さん」
「私の魂をあげるよ。ここにサインすればいいのね。何か書くものはない?」
 ムーンは、躊躇せず契約書にサインしようとしている。
 俺は焦った。何を考えてるんだ? 代償は自分の魂だぞ
「よ、よく考えた方がいいんじゃないのか?」
 俺はムーンの説得を試みた。
 が、彼女は……。
「パパが戻ってくるなら構わない」
「お前、魂が取られる意味がわかってるのか?」
「ええ」
 しっかりと頷くムーン。嘘だ。絶対わかってない。
「書くものが……そうだ、これを……」
 ムーンは、料理のソースに人差し指を漬けると、インク代わりに契約書に自分の名前を書気始めた。
「あ!」
 悪魔の契約書にトマトソースのサインがにじむ。俺は泣きたくなってきた。
「これで、契約成立ね。お願いします。パパを見つけてください」
 ムーンは深々と頭を下げた。しかし、そんなに頭を下げられても……;
「わかったよ。契約しちまったなら仕方がない。やってみる。親父さんの名前は?」
「エウロパ」
「何か分かったら連絡する」
「ありがとう」
 ムーンが初めて見せた笑顔だった。魔物や悪魔がたむろするこの店には似つかわしくない笑顔だった。
 そいつは、忌々しくも俺が仕事を受けてしまった事を実感させてくれた。

 まったく! 今日は、ツイてないぜ!
 

 
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悪魔は涙と取引する②

 Ⅱ

 折り合いをつける―

 こいつは人生において大切な心得のひとつだ。
 俺は、トマトソースでサインされた契約書を見て、ため息をつく。
 不本意ながら俺は、"折り合いをつける"事になってしまった。
 ムーンという少女の父親を探さなくてはならなくなたのだ。
「仕事、受けたのか?」
 尋ねるドイルに俺は、ドイルに契約書をちらつかせた。
「これはこれは。トマトソースでサインとは」
「俺も初めてだ」
「それでも契約成立だろ?」
「どうかな、頼まれたのは人探しなんだが」
「あんたなら楽勝だろ」
 ドイルの言葉に俺は片眉を上げた。
「それより、こいつを見てくれよ」
 俺はポケットに突っ込んであったフェンニル硬貨を一枚出すとドイルに放り投げた。ドイルはそれを片手で受け取る。
「フェンニル・コイン……魔界の通貨か。ツケは、こいつで支払いを?」
「違うよ。よく見てくれ」
 その硬貨はムーンが出した中の一枚だったが僅かに乾いた血が付いている。
 ドイルは硬貨に鼻を近づけて臭いを嗅いだ。
「ふーん、割と新しい血のようだが。で、こいつをどうしろってんだ?」
「分かってるだろ? あんたの得意な事だよ」
「血を嗅ぎわけるなら吸血鬼だってか? いいさ、ツケの為ならやってやるさ」
 ドイルの冗談めいた言葉に俺は肩をすくめた。
「……さてさて、この臭いは」
 ドイルはコインを受け取ると鼻先に近づけた。
 吸血鬼は血に対して敏感だ。バーテンをしてるドイルは特に。何しろ同じ吸血鬼向けに"血のカクテル"を作ってるくらいなのだ。同じ赤い血でも何種類かあってそれぞれ味が違うそうだ。ドイルに言わせると"O型"の血液がどのブレンドにも合って美味いそうだが、俺は決して飲みたいとは思わない。
「ふむ……こいつはお前さんと同類の血だ」
「同類?」
「悪魔の血だよ。間違いない」
 俺は飲みかけの酒を飲みほした。
「悪魔が絡んでるとなると面倒だな。それでも仕事を受けるか?」
 俺は、ドイルからフェンニル・コインを取ると席から立った。
「どうかな……」
「こう言っちゃなんだが、これに悪魔が関わってるとしたら手を引いたほうがいい。悪魔のあんたに言うのも変だが、連中は危ないぜ」
 ドイルは、いつになく真剣な表情でそう言った。
「まだ関わってると決まった訳じゃない。単に付いていた血が悪魔のだったってだけだろ」
「だからじゃないか」
「まあな……だが」
 俺は代金を多めにカウンターの上に置くと席を立った。
「もう、前金には手をつけちまったしな」
 


 俺はムーンの住む人間のブロックに来ていた。
 俺の姿を見つめる人間もいるがそれほどは驚いてもいないようだ。様子からすると、ここに悪魔が出入りしているのは間違いない。まあ、その方が仕事がしやすい。
 俺は、ムーンの住む場所から一番近い場所にある店に入るとムーンの父親の事を尋ねてみた。
「ああ、顔は知ってるがその程度だよ。何かあったのかい?」
 愛想の良い店主が食材を鍋に放り込みながらそう言った。悪魔の俺にも少しも態度は変えない。
「いなくなったんだ。ムーンから頼まれて探してるのさ」
「そうかい。でも俺も大した事は知ってないよ」
 店主は杓子で鍋の中をかき回し始めた。
「ああ、ところでムーンの方は元気だったか? 重い病気にかかったって聞いたけど」
「俺と会った時は普通だったよ」
「そうか、よかったよ。あの子はいい子だから」
「なあ、ムーンの父親ってのは、どんな男だったんだ?」
「どうって、特に変わったところもない。ちょっと無口だが、それだけだ。いや……」
 店主は何か思い出した様だった。
「そういえば仲がいいのがいたのを思い出した」
「いいね。教えてくれよ」
「名前は知らないがあんたみたいな連中とつるんでいた」
 俺と同じというと……
「悪魔とか?」
 店主は肩をすくめた。
「悪魔とつるんでたって別に驚かないよ。この辺りでは珍しくない。ここも悪魔の客が多いしね。特に悪さをするんでなければこっちも問題ないさ」
 いい店主だ。
「少し珍しいのは二人してよく通ってた場所が、ちょっとね」
「何だよ?」
「教会によく通っていた」
 悪魔が教会にか?
 確かにそれは珍しい。


 
 

悪魔は涙と取引する③

 Ⅲ
 
 俺は、この人間の住むブロックで最も俺に似つかわしくない場所に立っていた。
 見上げると十字の影が俺の体を覆う。中に入るべき迷っていると、突然、扉が開く
「神の家に何の用かな?」
 中から顔を出したのは丸型のサングラスを掛けた神父だった。
「あ……いや、どうも」
 神父は俺が悪魔だと気付かないのか、平然としていた。すぐにその理由はわかった。
 彼は目が見えないのだ。
「少し、お聞きしたい事がありましてね」
「聞きたいこと……どこかへの道ですか?」
「いや、そういうんではなく」
「立ち話もなんですから取りあえず中にお入りなさい」
「俺の様な者でもよろしいんですか?」
「神は来るものは拒みません」
 俺たちの事は拒むんではないだろうか……。
「何か言いました?」
「いえ、何も」
 神父は俺を招き入れると礼拝堂の長椅子に腰かけた。俺もそれに倣って横に座る。
「さて聞きたい事というのは?」
「エウロパの事です」
 エウロパの名前を出したとたん神父の表情が変わった。神父にとってはあまりいい事ではないらしい。
「実は行方を捜してまして」
「彼に何かあったのですか?」
「わかりません。エウロパの娘に行方を捜して欲しいと頼まれまして」
「そうですか。彼にも子供がいたのですね。しかし残念ですが私も彼の行方は知りません」
「この教会によく通っていたと聞きましたんです。悪魔といっしょに教会に出入りする人間も珍しいですが」
「ええ、確かに。私が目の見えないのをいいことを上手く考えたものです」
 俺は鼻の頭を掻いた。
「私を利用したのです」
 神父の表情が険しくなる。
「どういう事です?」
 神父はポケットから何かを取り出した。
「銃弾?」
 それは9ミリ弾丸だった。人間の造った武器に使うものだ。
「私の眼が見えないのをいい事に、銃弾を持ち込んで聖なる祈りをささげさせていたのです」
「何のために?」
「聖なる祈りを与えた銃弾は神に反する者たちの命を奪います」
「神に反する者……悪魔を殺せる?」
 神父は頷いた。
「エウロパはどこかの悪魔を殺そうとしていたって事ですか?」
「かもしれませんが彼がどういう意図でそのような事をしていたのか私には判りません。しかし、フォボスなら何か知っているかも」
「フォボス?」
「エウロパといつも一緒でした」
「そのフォアボスはどこに?」
「教会にはよく来ていましたが、どこに住んでいるのかは知りません」
  その時、背後で扉の開く音が聞こえた。
「神父さま。いらっしゃいますか?」
 中に入ってきた男はそう言った。
 俺が振り向くと男が立っていた。その姿は人間ではなく悪魔だった。
 悪魔は俺と目が合うと身体を翻して教会から出て行った。
「あなたは運がいい。いまの声の者がそうです」

 あれがフォボスか!

 俺は神父に礼と少々の寄付をすると奴を追って教会を後にした。


 
 

悪魔は涙と取引する④

 Ⅳ

 フォボスは必死に逃げた。
 しかし、おれは路地の途中で先回りしてやった。
 フォボスが屋台の中を抜けて曲がり角を曲がった時だ。俺は奴の目の前に現れてやった。
「うそだろ?」
 俺は驚く小悪魔の胸倉を掴んだ。
「なぜ逃げる?」
「何故って……ボスの使いかと思って」
「ボス?」
「バールだよ。大魔王バール。違うのかい?」
 バールはこの辺を仕切る大悪魔だ。
「違うよ。俺はバールの手下じゃない」
「そうなのか?」
 安心したのかフォボスの体の力が少し抜けた。俺は手を奴の胸倉から放した。
「焦ったぜ。で、何の用だ?」
「お前が逃げ出したから追っただけだ」
「ああ、誤解させて悪かったな。俺はてっきりバールのところの者だと思ったんだ。誤解なわけだから俺はこれで失礼す……」
 言葉の終わる前に俺はフォアボスの肩を壁に押し付けた。
「いやいや、聞きたい事はあるにはある。ふけるのはそいつを話してからにしてもらおうか」
「な、なんだよ?」
「エウロパは知ってるだろ?」
 その名前を聞いた小悪魔の顔が一瞬変わるのを俺は見逃さなかった。
「ああ……まあ」
「今どこにいるんだ? 友達なら知ってるだろ?」
「居場所は俺も知らねえ。こっちも探してるんだ。それに奴とは特に親しいわけじゃねえ。単なる取引相手だよ」
「取引? なんの?」
「弾だよ。"聖弾"」
「神父に祈らせてたってやつか? 悪魔を殺せるっていう」
「ああ、エウロパたちが神父を言いくるめて祈らせたやつだ。これは奴の思いつきなんだ」
「いいアイデアだが、お前、そいつを使って魔王バールを殺す気か?」
「おいおい、無茶を言うなよ。俺みたいな小悪魔がたとえ聖弾を使ってもバールは殺せるわけがねえ」
 小悪魔は必死に言った。
「バールが高く買い取ってくれるんだよ。今、バールは他のナワバリの悪魔と戦争しようとしてる。その準備をしてるのさ。手に入るだけ買いあさってるからこっちの言い値も通しやすい。上客だ」
「お前、バールから逃げてるんじゃないのかよ」
「あ……まあ、実は品物をまだ納めきってねえのさ。前金ももらっちまってるし、それで品物を渡さないんじゃ、金を返すだけじゃ済まないんだよ。相手は大悪魔だぜ? 消されちまう」
「それで聖弾を持ってるエウロパを探してるってわけか」
「そうだよ。なあ、アンタ。奴を見つけたら俺にも教えてくれねえかな? いくらか渡すぜ」
 俺はフォボスという小悪魔を壁から放した。
「エウロパの行きそうな場所をいくつか教えてもいいが……」
 フォボスは首をさすりながらそう言った。


 
 

悪魔は涙と取引する⑤

 Ⅴ


 次に俺は向かったのはバールのナワバリだった。
 エウロパの事はこの大悪魔が関わっている可能性が高いようだ。俺も関わりたくない相手なんだだが。
 
 "ピンクドレイク"

 目の前にあるのは派手な看板が掲げられた酒場。
 ここが大悪魔バールの根城だ。 この辺りの悪魔どもが、こぞって集まる場所でもある。
 当然、出入りしているのはタチの悪い連中ばかり。そいつは遠目にみても分かる。
 この店に来ればそういった連中が仕事にありつける。単に酒を飲んだり飯を食ったりする場所といだけではなく悪魔どもが悪さをする仕事を仲介しているというわけだ。
 しばらく様子を窺っていただけで、相当数の悪そうな連中が出入りしていた。見た顔もあれば知らない顔もいた。
 俺は煙草に火をつけると壁に寄りかかると、バールの手下が来るのを待った。
 見分け方は簡単。出入り口の用心棒がすんなり通すのがバールの手下だろう。
 吹かし煙草にはもうウンザリしていた頃、、条件に合う集団がやってきた。
 やれやれ、ようやく来てくれたか。
 俺は煙草を投げ捨てると悪魔の根城、"ピンクドレイク"に入って行った。
 店に入ると俺はカウンター席に座り飲み物を注文した。
 店員がまるでおれを品定めするような目つきで見ると注文の酒をグラスに注ぐ。
 グラスの酒をちびちびやりながら俺は店内を見渡した。
 中にいるのは悪魔や魔獣。少し人間も見かけるがロクな連中じゃない。
 さすがに悪の巣窟だ。
「なあ、あんた。ちょっと聞きたいんだけど」
 俺はバーテンの袖を掴むと引っ張った。バーテンはじろりと俺を睨みつける。
「聖弾を売りたいんだよ。手持ちの品がだぶついていてさ。さばきたいんだ。誰かいい買い手を知らないかな」
 バーテンは黙っていたがしばらく考えた後、俺にメモを渡した。
「そこに行け。魔王が何とかしてくれる」
 メモには魔法陣と見慣れない記号が書かれていた。
「切符代わりだ。そこにある扉の隙間にそいつを差し込めば、魔王のところに行ける」
「ありがとよ。ああ、バールの部下たちもこんなのを使ってアジトに出入りするのか?」
「……そんなところだ」
 俺は言われた通り扉の隙間に魔法陣の描かれたメモを差し込んだ。その後、ちらりとバーテンの方を見る。バーテンは大丈夫だと頷いた。
「入るぜ」
 中は真っ暗だった。俺は慎重に中を見渡したが中には何もない。
「おい、何もないじゃ……あ?」
 俺は文句を言おうとバーテンの方を見ようと振り向いた。しかしそこはさっきまでいた酒場の中ではなかった。
「誰だ?」
 書斎の様な部屋の中に誰かがいた。木製の重厚な机の上で書きものをしている。
「お前こそ誰だ。何か用があってここに来たのだろうが」
 書斎の男は低い声でそう言った。
「俺はバールに会いたいとバーテンに言ったんだ」
 男は顔を上げた。その眼は氷の様に冷たく獣の様に鋭い。
「俺がバールだ」
 書斎の男は書き物を止めるとそう俺に言った。
「あんたが?」
 バールは思ったより人間に近い姿だった。といっても悪魔の見かけはあてにならない。本性はとんだ怪物だろう。
「なにか用かと聞いているんだ。若造」
 さすがに魔王だ。声に迫力がある。
「聖弾をさばきたいんだ。あんたが仲介してくれると聞いた」
 魔王はイスに寄りかかると箱から葉巻を取り出し咥えた。
「いくつ持ってる?」
 魔王は低い声で言った。
「……千発入りが10箱」
 バールは葉巻を咥えたまま金庫を開けた。
「全部買い取ってやる」
 金庫から取り出したのはフェンニル・コインを入れた袋だった。その袋には見覚えがあった。
「本当か?」
「一括で買ってくれる奴なんてこの街にはいないぞ。どうする? 売るのか? 売らんのか?」
「いや、まさか即決とは思わなかったんで驚いているんだ。どこかと戦争するってのは本当だったんだな」
 バールはじろりと俺を見た。
「どこで聞いた?」
「どこっていうか、街の噂でね。みんな言ってたぜ」
 バールは鼻で笑った後、葉巻の灰を灰皿に落とす。
「まあいい……」
「ああ。今、物は持っていないんだ。ある場所に隠してる」
「じゃあ、部下をつけてやる。引き渡せ」
「まさか、全部買い取ってくれるとは思わなかったんでね。少し、考えさせてくれ」
「取引を持ちかけたのはお前の方だぞ」
 バールは苛立った。だが怒りに任せて話しを流さないのはまだ聖弾の件に興味を持っているからだ。これならまだ話しは続けられる。
「とにかく考えさせてくれよ。あんたがこんな上客とは思わなかったんだよ。いろいろこっちにも都合があってね」
「ふん」
 バールは再び、葉巻を咥えた。
「ところでバールさん。あんたのところにエウロパって人間が出入りしてないかい?」
「エウロパが人間?」
「そう。奴にはちょっと借りがあってね。探してるんだよ」
「エウロパって人間は知らんが悪魔のエウロパは知ってるぞ」
「悪魔? エウロパが?」
「ああ、俺の手下のひとりだ」


 
 

悪魔は涙と取引する⑥

赤い硬貨の行方logo210×297-0503-2

 俺はなんとか言いわけをしてバールの根城から出てきた。
 そこで得た情報はエウロパが悪魔だという事。
 エウロパを父だと言ったムーンはどう見ても人間だったが。

「エウロパは、見つけたぜ」
 俺は呼び出したムーンとドイルの店にいた。
「ありがとう」
 ムーンの表情は沈んでいた。
「でも、魂を渡すのは少し待って。父さんに会ってからその後で」
「ああ、それでいいさ。本当の理由を知りたいからな」
「それってバレてるって事よね」
「エウロパを見つけたんだからな。人間じゃなく悪魔だったぜ」
 ムーンはうつむいたままだ。
「大きな勘違いだったぜ。お前の父親が悪魔とつるんでたったって話を聞いた時、てっきりエウロパという名前の方が人間だと思っちまった。けれど悪魔がエウロパって事はつるんでいたフォアボスという奴の方が人間。つまりそっちがお前の父親じゃないのか?」
 ムーンは黙って頷いた。
「おかげで俺は、わけのわからん小悪魔を必死に追いかけちまった。フォボスだと思ってな。何故嘘を?」
「仲間の悪魔を見つけてと言ったら言う通りにしてくれた?」
「したかも。結局、俺を信用してはいなかったって事だろ」
「ごめんなさい」
「いいさ、悪魔はそういうのに慣れてる。で、どうする?」
 ムーンの顔つきが変わった。
「父さんの復讐するんだ!」
「人間が悪魔を殺せると思ってるのか?」
「知ってるよ。でも父さんが残してくれたものがあるもの」
「聖弾か」
「山ほどあった。いろいろ調べたら、あれで悪魔を殺せるって……」
「悪魔を甘くみない方がいい」
 ムーンは答えなかった。
「まあ、いいさ。好きにやんな」
「とにかく魂は必ず渡すからエウロパを殺すまで待って」
 そう言ってムーンは席を立った。


「いいのかい? 行かせちゃって」
 バーテンのドイルがそう言って俺の前に酒の入ったグラスを置いた。
「関係ない」
「復讐の相手は悪魔だろ? いくら聖弾を持っていたって人間の子どもにどうにかできるわけない」
「知るか。俺は頼まれたことは済ました」
「返り討ちにあっちゃあ意味がないだろ」
 確かに魂を頂く前に命を落としてしましては意味がない。
「あんたの言う通りだよな。ドイル」
 俺は席を立つとムーンの後を追った。
「おい、代金!」
「ツケといてくれ」
「またかよ! おい!」
 ドイルの言葉を無視して俺は店を出た。背中越しにドイルの言葉が微かに聞こえていた。
「素直じゃないね、まったく」


 確にその通りだ。



 
 

悪魔は涙と取引する⑦


 Ⅶ


 霧の立ち込める倉庫街の一角、月明かりに照らされて男が一人歩いていた。
 男は荷物の見張り番も兼ねて倉庫に住み込んでいた。
 倉庫の鍵を取り出すと差し込もうとした。その時だ。男は何かに気が付いた。
「誰だ?」
 霧の中から姿を現したのは少女だった。
「見つけたわよ。悪魔エウロパ」
 エウロパはじろりと少女の方を見た。
「見覚えのある面だな」
「父さんを殺しやがって! 悪魔め」
「思い出したぞ。あのフォボスの娘か」
 ムーンは銃を取り出すとエウロパに向けた。
「やめておけ。人の造った武器で悪魔が殺せるものか」
「ただの銃弾じゃないわよ」
 その言葉にエウロパの目つきが変わった。
「聖弾か」
 フォボスの手が腰につけた銃に手をかける。
 その時、俺は飛び出してムーンの前に立ちふさがった。
「あなたは?」
 突然現れた俺にムーンが驚いた。
「誰だ、お前?」
「この人間の娘と契約していてね。殺されちゃ困るんだ」
「ほう、用心棒代わりってわけか」
「そんなところだ」
 ムーンが背中を押す。
「どいて! 私が奴を殺すんだ」
「無理するな。人間に悪魔は殺せない」
「この銃には聖弾が仕込んであるの」
 俺が目を離した隙にエウロパは銃を抜いた。
「よせ!」
 その時、エウロパの銃口が下がったのに気がついた。
 銃声が鳴り響いた。


 次の瞬間、エウロパは地面に倒れていた。
 ムーンが茫然として、その場に立ち尽くす。
「やったわ……父さんの仇を討った」
 俺はムーンの手に握られた銃を取り上げた。
「もう、行け。こいつの仲間が来る」
 茫然としていたムーンだったが俺の言葉に正気を取り戻した。
「早くいけ!」
「う、うん」
 ムーンは霧の中に消えてった。
「さてと……」
 俺は倒れているエウロパを見下ろした。
「なあ、あんた。生きてるか?」
 エウロパは身体を起こした。
「痛いものだな……聖弾って奴は。人間め、つまらないモノを造りやがる」
「あんたわざと撃たれたろ?」
「なんで俺がそんな事を」
「さあな。だから聞いてるんだがね」
「約束したのさ」
「約束?」
「さっきの娘の父親と魂と引き換えに契約した」
 エウロパの身体が消え始めていた。聖弾が効いている様だ。
「ある時、重病の娘を死神から守って欲しいと俺のところに話を持ちかけた。それで娘の病気を治してやった」
「病気を治したならそれでいいだろ」
「いや、言ったろ? 約束したんだ。娘の命を守ると」
「つまらない理屈だぜ」
「友達だったんだよ……フォボスは」
 そう言い残すとエウロパの姿は塵になっていった。

 エウロパという悪魔は今死んだ。



 
 

悪魔は涙と取引する⑧(完)

 Ⅷ



「契約どおり、魂は渡すわ」
 ドイルの店でムーンはそう言った。
「仇も討てたし思い残すことはない。それに私、病気で死にかけたこともあるの。死ぬのなんて怖くない」
 ムーンはそう言いったが手は震えていた。
 ドイルがそのムーンの前にアイスクリームを置いていく。
「俺の奢りだ。食えよ」
 ムーンはスプーンを取るとアイスクリームに手をつけ始める。
「冷たいくて甘い」
 アイスクリームを口にほおばりながらムーンはうれしそうにそう言った。
「それが生きている証拠だ」
 俺は席から立ち上がった。
「あの……何処へ」
「支払いしてくる。お前は食べていていいぞ。俺は金を払ったら先に帰るから」
「魂、取らないの?」
 俺はムーンに背を向けた。
「残念ながら俺は契約を果たせなかった。だから契約は不成立だよ」
「でも、エウロパを見つけてくれたよ」
「忘れたのか? お前と契約したのはお前の父親を見つける事なんだぜ。俺が見つけたのは父親じゃない。それに……」
 俺はムーンの顔を見る。
「あんなトマトソースで書いた契約書なんて使えるかよ!」
 そう言い残して俺はその場を後にした。
 魂を取れなかったのは惜しいが仕方がない。
 だが、これで他の悪魔の契約は守られたわけだ。
 娘を想う父親と
 その友達だった悪魔の交わした契約は……。



 冷たい月の明かりが好きだ。

 僅か光だが、闇の中を照らすには十分。
 それに余計な物は照らし出さない。美しいものも醜い物も。
 それが気に入っている理由のひとつでもある。
 


 
「悪魔は涙と取引する」終わり

 
 

悪魔は涙と取引する(あとがき)

 こんなオチですみません(;´・`)>
 文章の量の割には結構、時間が掛ったお話になっちゃいました。
 以前から探偵モノは書きたかったのもあったので魔界+ハードボイルド探偵小説でやってみました。
 でもなかなか上手く書けないんで苦労しました。短いのに。しかもタイトル2、3回変えてます。
 この作品は元々、「闇の街のミネルヴァ」という創作品の世界を舞台にした作品でした。
 でも4稿くらいまではミネルヴァの名前を出してますが最終的には出すのも止めてました。
 (ミネルヴァを読んでくれた人にしかわからないので)
 結局、設定も夜が明けない街である、事以外出しませんでした。
 意識したのは海外ドラマの吸血鬼が探偵みたいな事をした「エンジェル」(「パフィー恋する十字架」のスピンオフドラマ)。
 また見たいんですけどDVDも出てないんですよね。
 「パフィー~恋する十字架」は何度も放送してるのに……ユニバーサルチャンネルさん。放送してください。
 
 
 
 

 

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